「それ、人がやる必要ありますか?」
かつてこの言葉は、“革命家”だったITエンジニアが掲げた旗印だった。
紙の帳票、手書きの日報、Excel方眼紙──「非効率をなくせ」と、私たちはそう言ってきた。
私たちは、FAXを笑っていた。会議で紙を配る人を見て、「時代遅れだ」と鼻で笑っていた。DevOpsを自慢し、CI/CDを語り、DXを布教してきた。
だが今、その刃はブーメランのように返ってきた。
Devin、Copilot、Claude、Cursor──「それ、あなたがやる必要ありますか?」と、コードを書く私たち自身が問われている。
歴史は、静かに、立場を反転させる。
Slackに仕事を投げ、朝にはAIからPRを受け取る。私たちは気づかないうちに、「技術を使いこなす者」から、「AIに使われる作業者」へと変わりつつある。
私たちは、追い立てられる側にいる
18〜19世紀、イギリス。**囲い込み法(エンクロージャー)**により、国土の20%、約6.8百万エーカーの共有地が私有化され、農民たちは望まずして都市に流された。かつての農民、羊飼いたちは、自らの意志ではなく、新たな“職”を与えられた。
時代 | 奪われたもの | 与えられた役割 | 実態 |
---|---|---|---|
産業革命 | 土地(共有地) | 工場労働者、都市移民 | 自由な選択ではない |
AI時代 | 技能(コーディング) | 自然言語指示者 or 不要員 | 静かに役割変更中 |
私たちプログラマーはどうだろう。
「安定職」として、技術職として、ホワイトカラーの象徴だったはずのこの仕事が、今まさにその座を追われようとしている。
笑っていた側が、笑われる側に。自動化する側が、自動化される側に。
道具ではなく“使用者”としてのAI──Devinの不穏さ
Cognition社のDevinは、Slackへの自然言語の一行指示から、要件分析、設計、実装、テスト、PR作成までを一貫して自動化する。
項目 | 内容 |
---|---|
利用料金 | 20 USD = 9 ACU(1 ACU ≒ 15分) |
実行構造 | MPA(Multi-Agent Programming Architecture) |
特徴 | AI自身がツールと仲間を選び、処理を分割・統合 |
完了性能 | Devin 2.0 は ACUあたりの完了タスク 83% 増(公式発表) |
Devinは、もはや“補助者”ではない。実行主体として動き出している。
Slackに投げた指示が、数時間後にはCIを通過したPRとして戻ってくる。これは未来ではない。すでに始まっている現実だ。
ただし、その現実は“万能”ではない。Devinは高い。月額定額もない。日本語理解も完全ではない。性能は伸びつつあるが、まだ開発者を置き換えるには至っていない。
すぐに職を失うわけではない。だが、その土台は静かに削られている。
そしてそれは、海外のAI導入速度と連動し、日本のIT産業そのものの競争力を蝕んでいく。
日本はいまだ製造業の国である。
これまでの製造業は、脆弱なIT基盤でも現場力と技術者の工夫でなんとか戦ってきた。
だがこれからは、ソフトとハードが緻密に連動するテック企業が、海外から本格的に襲来する。
「ものづくり」だけでは勝てない時代に、日本は備えられているか?
“自然言語エンジニア”と再定義される私たち
項目 | 従来型SE | 自然言語エンジニア (NLE) | 差分 |
---|---|---|---|
使用言語 | Java / Python / C# / C++ | 日本語・英語など自然言語 | コード → 意図 |
主業務 | 要件定義・実装・テスト | 指示設計・結果評価 | 実行 → 設計 |
要求能力 | アルゴリズム知識 | 論理構成力・批判的思考 | 手続 → 意図理解 |
評価軸 | 処理効率・精度 | 指示力・論理の妥当性 | 労働量 →言語化力 |
この再定義は、喜ばしい進化ではない。
「技能そのもの」がAIに囲い込まれていく恐怖だ。
“自然言語エンジニア”なんてのは響きはかっこいいが、単なるプログラマーの一般化である。
ようは誰でもよくなるということだ。センスとやる気さえあれば一瞬で勝ち上がれる、恐ろしいサバイバルゲームに放りだされるというわけだ。
「導入しない自由」は、逃避ではないか
分類 | 導入障壁 | 備考 |
---|---|---|
中小企業 | ROIが読めない | 投資回収期間が不透明 |
公共・教育 | 制度とガバナンスの壁 | 個人情報と監査規制が強い |
組織文化 | 慣習 | AI忌避・属人化傾向あり |
「使わない自由」は、もう“競争力の放棄”と隣り合っている。
この差はやがて、国全体の産業競争力となって現れていく。
現状維持ができない日がふと気づいた時に訪れる。
Devinは高いし使えない──でもこの恐怖には価値がある
Devinは高い上に精度が低い。
100%の仕事はできない。
ただ、この先に見える未来は恐ろしい。
それは、「自分が不要になる瞬間」のリアルな感触だった。
Cognition社は、Devin 2.0でACUあたりの完了タスクが83%向上したと公表している。もはや金額ではない。
人間の方が遅くてはるかに高いのだ。
そして人間は不安定だ。
投げた“問い”がどう跳ね返ってくるか。それが未来を測る基準になる。
結語──今、立ち上がらなければ
かつて私たちは、「非効率」を嗤っていた。FAXを笑い、紙の会議資料を時代遅れと断じ、現場を置き換えようとした。
だが今、その私たち自身が、置き換えられようとしている。
私たちプログラマーは、技術を持つ側のつもりだった。選ぶ側、変える側、未来を設計する側だった。
だが今や、変化に追われる側、羊飼いのように静かに追い立てられる側になろうとしている。
職業 | 地位の変遷 |
---|---|
農民(18世紀) | 土地を奪われ、都市労働へ |
プログラマー(現代) | 技術を奪われ、設計役へ移行 or 除外 |
「自分だけは大丈夫」と思うなら、すでに遅い。
問われる前に、問え。
今、立ち上がらなければ、あなたもまた、追い立てられる羊飼いになる。
といつも自分に言い聞かせている。
本当に恐ろしい時代になった。
Comment